「土木設計」という言葉を知っていますか。
「設計」いう言葉を聞くと、大きなビルとかドーム型の競技場、おしゃれな住宅、古代コロッセオみたいな建物とかを想像すると思います。
「土木設計」では道路や公園、住宅団地や工業団地の敷地、ダム、橋などを設計します。対象物が漠然と大きくて「設計」という言葉の響きに想像がつかないという感じだと思います。しかし、どんなに美しい都市でもそれを想像し、自然環境と地形を考え、折り合いをつける設計図を描いた先人達がいます。
道路の地下にはいろんな物が埋められています。地下鉄・水道管・下水道・情報ボックスなど当たり前と思っていても、それらはすべて計算されて埋められています。それでも自然災害や老朽化で想定の範囲を越えてしまうこともあったりして、どんどん新しい基準が増えています。
私達が取り組んでいる「土木設計」とは、日々進化と進歩を繰り返し、快適で美しい都市空間を創造しています。
私達が設計を行うとき、まず最初にすることは、その土地を知ることからです。
人付き合いと同じで、相手を知らなければ想像通りの形になりません。災害につながることもあります。
現地を知ること。
その場へ行き、土・水・地形を感じる。そして未来を想像し形にしていく作業に入ります。
開発をすることは決して自然を破壊するばかりではありません。大切な自然環境だからこそ、その自然にあった治水等を行い、山体崩壊や水害を防ぐ手段の一つです。
「設計」を行う作業について、一言に設計すると言っても、イラストや絵画を描くようには行きません。そこには様々なルールと基準があります。
それは法律であったり、計算をするための数値や法則です。どんどん新しく書き換わっていきます。それは安全を守るためのしくみなのでとても重要な要素です。
そのしくみを守り、クライアント様の夢を形に変えていく場は、私達設計者の机の上なのです。
色々と困難なことがあっても、クライアント様の夢を形に変えられることが出来たときの達成感は、言葉にならない喜びがあります。
「提案してもらったやつ、あれ良かったよ」と言われた時や、完成した防災施設が、自然災害などから計画地やその周辺地を守った時には、我が子が頑張ったような気がして、とてもうれしいのです。もちろんすばらしい施工を施して下さった建設業者の方々、難しいけど理解しようと一生懸命計画立案を聞いてGOサインを出して下さったクライアント様には感謝しかありません。
すばらしいチームで良い仕事(設計)をさせていただけることが、また次の計画(設計)へと取り組む力が湧いてきます。
弊社では、社員旅行や忘年会という名目で、国内の色々な観光地へ旅行に
出かけます。と言っても、おいしいものを食べて、美しい物や風景を観る。
そして、少し歴史を感じたりもしています。
あちらこちらに行って思った事ですが、戦国時代の名武将が作った都市計画はすばらしいと思うことが多くあります。加藤清正の熊本城下は旧街道から威圧感のある熊本城が見えて、お城にご挨拶するように道を通る。
福岡では黒田長政が作った少し広めの区画が整然と整備された道路との調和で、大きめの水路を上手に使った交易を考えた都市計画を感じました。
また、前田利家の金沢は加賀百万石で、とても美しい。丘陵地と清流が流れる水路を生かすなど、ランドスケープを取り入れた都市計画は、当時とても先進的だったのではと関心しました。
豊臣秀吉の大阪は広く皆様に知られているとおり、大きな碁盤の目の区画整備、都である京都との交流と商業都市としての機能(文化)の使い分けを明確にした上での、都市の発展向上と軍備の備えをしている多機能都市の創造。豊臣秀吉は革新的でした。
そして徳川家康です。この色々な知恵を踏まえた上で集大成とも言える柔軟な発想。東京や名古屋の一区画100m位の幅の区画と広い道路。大きな水路を使った商運業の発展。通りに面した商いの場と路地を作り生活の場の確保をした消費地と人材確保を融合させた区画。現代の私たちの時代を予測していたのでしょうか。流通やそこに住まう人々の働き方、生活のスタイルが如何に大切かを教えてくれるような気がします。
近代になって戦争とかもあって、多少の区画整備を施してありますが、当時の区画の面影がしっかりと残っていて、そこが大商業地と発展しているのは本当にすごいことです。400年先に残る都市計画をした徳川家康!本当に偉大な先人です。
戦国時代に戦いのことばかりでなく、人々の営みや発展を願っていた戦国武将達の思いにふれる旅も、楽しいものです。
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